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	<title>World Communities Club (WCC)&#124; 直輸入英会話</title>
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	<description>世界標準北米英語 = 北米文化の実践英会話 = World Communities Club</description>
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		<title>サスカチュワン州の人気文化</title>
		<description><![CDATA[現代の人気文化でサスカチュワン州を一番良く代表しているのは、連続ホームコメディーで毎回100万人の視聴者があった『コーナー・ガス(Corner Gas)』(2004年1月22日~2009年4月13日の間に107エピソード放映され、最終回が放映された4月13日は「コーナー・ガスの日」となった)や『大草原の小さなモスク(Little Mosque on the Prairie)』(2007年1月9日から現在も放映中で、タイトルは『大草原の小さな家』をもじっているが内容は全く異なる)で、どちらもサスカチュワン州の架空の小さな町を舞台にしています。

サスカチュワン州を舞台にしている小説は、W・O・ミッチェル、シンクレア・ロス、フレデリック・フィリップ・グローブ、ガイ・バンダーヘーゲ、マイケル・ヘルム、ゲイル・ボーウェンが良く書いているようです。もちろん、ジュディス・シルバーソーン講師の小説もテレビ・ドキュメンタリーも全てサスカチュワン州を舞台にしたものです。
イギリスの自然主義者、グレイ・オウル(1888-1938)は、現在のプリンス・アルバート国立公園で、生涯のほとんどの時間を過ごし研究にいそしんだそうです。











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		<title>自由英会話 2010年9月1日</title>
		<description><![CDATA[
生徒様から頂いた「自由英会話」に対する感想です。

レッスンの終了間際にレッスンレビューをしてくれるのはいいです。
ネイティブの方から言われると、説得力が違います。


* 講師によって、また、生徒様によって、クラスの運営の仕方は変わってきます。
* また、全ての生徒様からご感想を頂いているわけではありません。


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		<title>Jericho Knopp 2010年9月1日</title>
		<description><![CDATA[


生徒様から頂いたJeri 先生に対する感想です。

正直な感想としては、１年程度英語を教えているとのとこでしたが、レッスンにあまり慣れていない感じがしました。
たとえば、趣味はなんですか？ときかれて答えてもthat&#8217;s niceとしか言ってもらえないため、話がつづかない。
初対面でお互い緊張していたこともあるとは思います。
こちらの問題かもしれません。すいません。
あと、はっきりわかりませんが、会話と関係なくパソコンに何かを
書き込んでいるのが気になります。
そういうのも、説明があるといいのですが。
（友達とチャットしているじゃないかと思ってました）
(生徒様: 男性)

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		<title>ニュー・ブランズウィック州の政府と政治</title>
		<description><![CDATA[ニュー・ブランズウィック州には、一院制で55人の議員がいる議会があります。選挙は少なくとも5年に1回はありますが、カナダ副総督が知事と相談して行うこともあります。なぜカナダ副総督なのかはわかりませんが。知事は、議会で一番議席数の多い党の党首です。
ニュー・ブランズウィック州には、2つの勢力の大きな政党があります。自由党と新進保守党です。1980年代の初期から選挙権者の約10%が常に投票するので、新民主党も何人かの議員を議会に送ることができています。時折、連邦地域党などの他の党が議席を得ることがありますが、強い批判票があるときだけです。
ニュー・ブランズウィック州の政治の動きは、カナダの他州とは違います。ニュー・ブランズウィック州に、中心的な役割を果たす都会がないために、政府は州のすべてに関わる問題に対応しなければなりません。また、マイノリティーとはいえどもフランス語文化圏カナダ人が多いため、例え、政府が絶対多数であったとしても政策の妥協が必要となります。このため、ニュー・ブランズウィック州の政治の動きは連邦政治の動きと連動しています。
1960年から、ニュー・ブランズウィック州は、若いバイリンガルの知事を選んできました。このおかげで、最近のニュー・ブランズウィック州は、連邦の政界で突出して影響力を発揮しています。元知事バーナード・ロード(新進保守党)は、カナダの保守党の党首候補として勧誘されていました。フランク・マッケンナ(1987~1997の知事)は、カナダ自由党を引っ張る先導者として見られていました。リチャード・ハットフィールド(1970~1987の知事)は、カナダ憲法の改革に積極的に関わりカナダの権利と自由の憲章をつくりました。ルイ・ロビショー(1960~1970の知事)は、大幅な社会改革に責任を持っていました。
2006年9月18日に、自由党は55席中29議席を取得し過半数を占め、38歳のショーン・グラハムがニュー・ブランズウィック州の知事となりました。
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		<title>オンタリオ州の水上輸送網</title>
		<description><![CDATA[オンタリオ州の南部から州内を通り抜けて大西洋につながるセント・ローレンス海路が、主要な貨物輸送水上路で、特に鉄鉱石や穀物が運ばれます。
かつては、五大湖とセント・ローレンス川は、人の主要な交通網でしたが、過去半世紀で、車や鉄道、飛行機にとって代わられました。以前には、トロントとアメリカ合衆国のロチェスターやニュー・ヨークを結ぶフェリー航路もあったのです。
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		<link>http://worldcommunitiesclub.com/?p=690</link>
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		<title>自由英会話 2010年8月26日</title>
		<description><![CDATA[
生徒様から頂いた「自由英会話」に対する感想です。

今回は初回だったので、お互いの自己紹介を主にしました。


* 講師によって、また、生徒様によって、クラスの運営の仕方は変わってきます。
* また、全ての生徒様からご感想を頂いているわけではありません。


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		<link>http://worldcommunitiesclub.com/?p=689</link>
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		<title>Josie Yacksmith 2010年8月26日</title>
		<description><![CDATA[


生徒様から頂いたJosie 講師に対する感想です。

初めてJosie先生のレッスンを受けましたが、常に笑顔を絶やさず、感情表現豊かなので、とても話しやすく楽しい先生です。また今度、授業を受けてみようと思います。
(生徒様: 男性)

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		<link>http://worldcommunitiesclub.com/?p=688</link>
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		<title>ノバ・スコシアの文化と人口構成</title>
		<description><![CDATA[ノバ・スコシア州の人口の少なさ(93万人強: 2007年現在)にもかかわらず、ノバ・スコシア州の音楽と文化は、いくつかのしっかりと確立された文化の影響を受けています。これらの影響を与えた文化は、よく、「基礎文化」と呼ばれます。
もともとはミクマク(現在のアメリカ合衆国北東端のニュー・イングランド、カナダ大西洋地域、ケベック州ガスペ半島に居住している)の先住民(ファースト・ネイションズ)が住んでいたところに、初めのヨーロッパの入植者であるフランス人がやってきて、1604年にアカディア(フランス人が北米に入植地の名称)を設立しました。ノバ・スコシアは1620年に短期間スコットランド人の入植地となりましたが、1624年までには、条約によりスコットランド人は排除され1700年代の半ばまでフランスのものとなりました。フレンチ・インディアン戦争(ヨーロッパの7年戦争から波及した1755年~1763年の英仏の植民地戦争)フランスの敗戦とその前に起こったアカディア人の追放のあと、イギリス人、アイルランド人、スコットランド人、アフリカ人の子孫たちがノバ・スコシアにやってき始めたようです。

入植の動きは、アメリカ独立戦争の終結後に(アメリカでイギリスを支援していた)王党派が再入植してきたことで速まりました。この時にアフリカ系ノバ・スコシアの大きなコミュニティーができあがりました。アフリカ系ノバ・スコシアの人たちは、解放された奴隷や王党派の黒人とその家族で、土地を貰うことを条件にイギリスのために戦った人たちでした。イギリス海軍が合衆国に向かう奴隷船を拿捕し、奴隷となる運命だった人たちをノバ・スコシアの海岸に降ろしていくことを続けたので、アフリカ系ノバ・スコシア・コミュニティーはさらに大きくなりました。
のちには、1800年代のアイルランドの飢饉や、特にはスコティッシュ・クリアランス(イギリスの農業改革がきっかけで起こったスコットランド北部の住民の強制排除)の影響でケルト文化をもつ大量の移住者が来たために、ケープ・ブレトンやノバ・スコシア州の北部の主要地帯は、ケルト文化を主流とする文化を持つようになったのです。このゲール語族(スコットランド・ゲール語およびアイルランド・ゲール語)の影響がノバ・スコシア州の文化生活を形づくっていくのに重要な役割を果たし続けてきました。とはいっても、今日、ノバ・スコシア州民でスコットランドのゲール語を流暢に話せる人は500人もいないようですが。この数少ない人たちは、ほとんどがアンティゴニッシュ郡かケープ・ブレトン島に住んでいるようです。

現代のノバ・スコシア州は、たくさんの文化が混淆しているようです。ノバ・スコシア州政府は、ミクマク文化やフランス文化、ゲール文化、アフリカ文化を、政府の秘書官や大学、学習プログラムや文化センターなどを設立・設置するなどして援助しています。ノバ・スコシア州は、新しく移民を受け入れるのにも積極的ですが、移民政策はそれほど成功していないようです。ハリファックスやシドニーなど人口が集中している所は国際的です。たとえばハリファックスにはアラブ系の人口が多く、シドニーには東欧系の人口が多いようです。ハリファックス地域都市圏は毎年、多文化にわたる祭りを行います。
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		<link>http://worldcommunitiesclub.com/?p=687</link>
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		<title>自由英会話 2010年8月24日</title>
		<description><![CDATA[
生徒様から頂いた「自由英会話」に対する感想です。

最近dinosaurs に関心があるのでそれに関するnewsをこちらから送っておきそれについて理解を助けていただきました。officialな長文でしたのでアッという間に時間が経ってしまい密度の高い学習をすることができました。


* 講師によって、また、生徒様によって、クラスの運営の仕方は変わってきます。
* また、全ての生徒様からご感想を頂いているわけではありません。


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		<link>http://worldcommunitiesclub.com/?p=686</link>
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		<title>Vlad Gresh 2010年8月24日</title>
		<description><![CDATA[


生徒様から頂いたVlad 先生に対する感想です。

いつものようにいっぱい教えていただきました。見識のある信頼できる先生です。
(生徒様: 女性)

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