[2010.08.12]新しい講師がオンタリオ州オタワから加わりました。
[2010.08.07]新しい講師がオンタリオ州オタワから加わりました。
[2010.07.26]新しい講師がケベック州モントリオールから加わりました。
[WCC英会話では常に授業料還元等のキャンペーンを行っています。全生徒様が対象です。]
現代の人気文化でサスカチュワン州を一番良く代表しているのは、連続ホームコメディーで毎回100万人の視聴者があった『コーナー・ガス(Corner Gas)』(2004年1月22日~2009年4月13日の間に107エピソード放映され、最終回が放映された4月13日は「コーナー・ガスの日」となった)や『大草原の小さなモスク(Little Mosque on the Prairie)』(2007年1月9日から現在も放映中で、タイトルは『大草原の小さな家』をもじっているが内容は全く異なる)で、どちらもサスカチュワン州の架空の小さな町を舞台にしています。

サスカチュワン州を舞台にしている小説は、W・O・ミッチェル、シンクレア・ロス、フレデリック・フィリップ・グローブ、ガイ・バンダーヘーゲ、マイケル・ヘルム、ゲイル・ボーウェンが良く書いているようです。もちろん、ジュディス・シルバーソーン講師の小説もテレビ・ドキュメンタリーも全てサスカチュワン州を舞台にしたものです。
イギリスの自然主義者、グレイ・オウル(1888-1938)は、現在のプリンス・アルバート国立公園で、生涯のほとんどの時間を過ごし研究にいそしんだそうです。
[世界標準北米英語 = 実践英会話 = World Communities Club]

サスカチュワン州の医療システムは、一般には、「社会保障化された医療」と考えられていますが、実際には、同州の医療システムは完全に民営化され、医療従事者は、カナダ国内の他州の場合と同じように、自分たちの行った診療費用を直接患者に請求するのではなく、公的な基金であるサスカチュワン州診療保険プランに請求するだけです。
カナダやサスカチュワン州と同じように国民皆保険制度をとっているオーストラリアやイギリスとは異なり、サスカチュワン州では、医師が患者に法的に定められた医療費以上の金額を請求することを認めず、補助的な民間の健康保険は過剰なものとみなされ禁止されています。
2010年7月現在のサスカチュワン州在住のWCC講師は、Megan 講師、Kristin 講師、Judith 講師です。
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サスカチュワン州の最初の教育は、もちろん先住民の家族内、または毛皮貿易で入植してきた人たちの家族の中で行われました。
宣教師や毛皮貿易中継所が運営する学校はほんの僅かしかなかったようです。
1886年になると、現在のサスカチュワン州が一部占める当時の北西準州には76の学区ができ、初めて教育委員会が開かれました。
ところが、大量の入植者は、民族ごとの学校を作り、家族は母国と同じような教育を与えてくれる学校を求めていたのでした。
この傾向を変えたのは、成功した入植者たちが、一貫した(標準化された)教育のために基金を提供し、教科書や、先生の学校や、学校のプログラムや、校舎自体の設計も標準化し、一貫したシステムを作る手伝いをしたからのようです。
学校で使われる言葉が英語に統一されたことも、経済活動にも安定をもたらし、同じ言語(=英語)で取引がされることが当たり前になってきました。
今では、(且つ日本では)想像しにくいですが、教育の標準化にはこのような効果もあったのですね。
当時の学校は教室が一つだけであり、1940年代にはその数は同州だけで5,000もあったそうです。入植者が広大な土地を持ち、人口密度が低かったことによるのでしょうね。
ところが、第2次世界大戦の時から、一つの教室の学校は統合され、複数の教室を持つ学校や、もっと大きな近代的な技術学校や都市の学校などができ、技術教育が盛んになってきました。スクール・バスや、道路の建設や、家族の自家用車などの普及が大きな後押しになったようです。
この傾向は、現在も続いており、田舎の学校は廃校になるところも多いようです。
[2009年10月現在のWCC の講師はクリスティン講師とジュディス講師です]
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人の懐を見るのはあまり良い感じはしませんが、サスカチュワン州の財政事情を見てみましょう。2008年会計年度(2008年4月1日~2009年3月31日)では、以下の通りです。
- 累積債務: 8,863億円(103億ドル)
- 個人所得税: 1,628億円(19億ドル)
- 法人所得税: 869億円(10億ドル)
- 州消費税: 802億円(9億ドル)
- 石油掘削料: 1,205億円(14億ドル)
- 非居住者税: 1,667億円(19億ドル)
- 調和消費税: 934億円(10億ドル)
- 平衡交付金: 193億円(2億ドル)
- 税収合計: 7,301億円(85億ドル)
- 医療費: 2,976億円(34億ドル)
歳出の内訳が分からないので何とも言えませんが、累積赤字は確かにあるとはいえ、それほどひどくないようにも感じます。
サスカチュワン州の人口は約100万なので、一人あたり税金を約89万円取られますが、医療費は無料です(実質、州が一人当たり30万円負担しています)。
同じ人口規模の香川県の累積債務が8,821億円(2006年会計年度)で、財政力指数が第2グループであることを考えると財政的にはそれほど良くないですね。日本の交付金にあたる平衡交付金を受けていることもその裏付けと言えるような気がします。ただ医療費を市民の代わりに払った上での数字だということは、特筆に値するでしょう。
[2008年9月時点でサスカチュワン州にいる講師は、Judith, Kristin, Megan さんです]
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少し古いですが、2001年のカナダ国勢調査では、サスカチュワン州の民族構成は次のようになっています。
- ドイツ系(28.6%)
- イギリス系(24.5%)
- スコットランド系(17.9%)
- アイルランド系(14.5%)
- ウクライナ系(12.6%)
- フランス系(11.4%)
- ファースト・ネーションズ(メティス、イヌイットを除く先住民: 10.6%)
- ノルウェー系(6.3%)
- ポーランド系(5.3%)
- メティス(先住民とフランス人を主とするヨーロッパ人入植者の婚姻による子孫: 4.2%)
- オランダ系(3.3%)
- スエーデン系(3.1%)
ヨーロッパ系で彩られていますが、先住民も10人に1人います。
面白いのは、これらの人たちで自分達は「カナダ民族」だと考える人たちが4人に1人もいることです。民族のモザイクでありながら民族のアイデンティティーもカナダ人として溶け込みつつあるのが良くわかります。
全体の人口は1986年には100万人を超えましたが、それ以降97~98万人を前後し推移しています。
少し大袈裟ですが、日本の国土の2倍の所に香川県民が住んでいるような感じです。
[2009年8月現在、サスカチュワン州に在住の講師はJudith 先生です]
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サスカチュワン州は、他州と同様にカナダ副総督(カナダ総督は英国女王の代理)と、知事と一院制の議会から成る政治システムをとっています。
長年、サスカチュワン州はカナダでは左よりの州であり、都会には疎外感を感じる州民の意志を反映していました。
1944年にトミー・ダグラスが知事となり、北米で初めての社会主義政府ができました (トミー・ダグラスは『24』のジャック・バウアーを演じるキーファー・サザーランドのお爺さんです) 。ダグラスは協同共和連邦党政府のもと、全州民が対象になる医療保険制度を導入しました。カナダの無料(といっても税金で賄われている)医療保険システムの走りとなるものです。1961年にはダグラスはサスカチュワン州を離れ新民主党の議員として連邦政府の政治舞台に躍り出ます。
州政治は左よりの新民主党と右寄りのサスカチュワン党の2大政党制ですが、自由党や緑の党、新進保守党などの政党も存在します。
連邦レベルではサスカチュワン州は新民主党の本拠地なのですが、最近は保守党に席巻されています。新民主党は連邦レベルでも州レベルでも都市部で強いのですが、農村部ではサスカチュワン党や保守党が強いようです。
州旗は1969年に全州民からの応募で決まり、竿側に紋章を一部かたどり、反対側にユリをあしらい、上半分の緑はサスカチュワン州北部の森林、金色の下半分は麦畑を表しています。
2005年には建州100年を記念しカナダ造幣局が記念5ドル硬貨と25セント硬貨を発行しました。デザインは両硬貨とも類似しています。
建州100周年を記念して、エリザベス2世とエジンバラ公がレジャイナとサスカトゥーン、ラムズデンを訪れています。
2009年7月13日現在、サスカチュワン州出身のWCC 講師はJudith Silverthorne さんです。
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もともと、サスカチェワンは、様々な先住民族が居住していました。
アサバスカ族、アルゴニキア族、アトゥシナ族、クリー族、ソールトー族、ショー族などです。
そこに初めて西欧人が分け入ったのは、1690年で、先住民と毛皮交易をするためでした。
恐らく、当時の西欧人は現在のサスカチェワンの辺りを毛皮取引の場所くらいにしか考えていなかったのでしょう。そのような趨勢のためか最初の西欧人居住地域は、ハドソン・ベイ社の取引所だったようです。1774年のことです。
1870年代に、カナダ政府は(当時は建国の4州、オンタリオ、ケベック、ノバ・スコシア、ニュー・ファンドランドだけ)、ブリティッシュ・コロンビアとマニトバの間の広大な大地をノースウェスト準州とし、先住民たちと様々な「条約」を結びました。この時にカナダ政府と先住民の関係が形作られ、現在のファースト・ネーションとの関係の基礎が出来上がったようです。
西部カナダのその後の発展に影響を与えたのは、この時期(1874年)の、連邦政府による、北西騎馬警官(North-West Mounted Police)の「西への行進 (March West)」でした。
北西騎馬警官たちは、装備も食料も不十分であったにもかかわらず、この未踏の地を制覇したのです。もし彼らがいなければ、アメリカの拡張主義者に先を越されていたかもしれませんし、カナダ太平洋鉄道(Canadian Pacific Railway)の建設にも影響を与えていたかもしれません。この鉄道がなければ、現在のブランドン、レジャイナ、メディシン・ハット、カルガリーなどが、なかったかもしれないと言われていますから、カナダ政府にすれば「騎馬警官様さま」というところでしょう。
カナダ太平洋鉄道のおかげで、1880年代初期には、開拓地や村落も広がり始め、カナダ政府は土地を入植者に無料で分け与えました。入植者法を定め、入植者に居住地用に約600m2の土地を与えるなどの振興策により、数々の困難(町から遠い場所、土の家、苛酷な労働、など)にもかかわらず、豊かな農業社会が形成されました。
ただし、当時のカナダ政府にとっては良いことばかりでも、先住民にとってはそうでもなかったようです。
アメリカでインディアンがアメリカ軍に大勝したリトル・ビッグホーンの戦いのあと、その首長であったシッティング・ブルが数千人の部族民を引き連れ、サスカチェワンのウッド・マウンテンに居住区を作りました。
その影響でしょうか、カナダ政府と「条約」を結ぶことを良しとしなかった、メティス族は、サスカチェワン川のほとり、現在のサスカトゥーンに居住地を移し、リーダー、ルイ・リエルのもと、現在のマニトバ州で、カナダ政府にアッシニボイア州やメティスの公用語フランス語の学校を認めさせようとする「レッド・リバーの抵抗」展開しました。
ところがカナダ政府はメティスの陳情を聞かなかったため、リエルは、1885年に、「北西の反乱(North-West Rebellion)」を起こしましたが、カナダ太平洋鉄道で続々と到着する連邦軍のもと、反乱は平定され、リエルは絞首刑となったのです。
サスカチェワンは、この後、1905年9月1日に、「州」となっています。

サスカチェワンは、現在でも農業のイメージが強く、「田舎者州」と揶揄されることが多いようですが、初期の農業社会の時代から、畜産業界や農業業界の代表が議会に大きな影響を与えていたからかもしれません。
また、1920年代後半には、農業社会に「特徴的?」な、悪名高いキュー・クラクス・クラン(Ku Klux Klan: KKK)がオンタリオ州やアメリカから流れ込み、KKKの「人口密度」北米NO.1 のありがたくない称号まで得ています。
それでも、アメリカの人気ドラマ「24」の主役キーファー・サザーランドのおじいさんが、サスカチェワン州の知事として、北米初の社会主義政府を主導し、カナダに国民健康保険制度を導入しています。先進的な州でもあったわけですね。
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サスカチェワン州は、58万平方キロ以上の面積に100万人強が住む内陸州です。海に面しないカナダの州は、アルバータ州とともに、サスカチェワン州しかありません。
日本に比較すると、日本全国に北海道をもうひとつつけたよりも大きいところに、香川県に住む人たちと同じ数の人が住んでいるずいぶん広広とした州だという事になります。
州都は人口20万人強のサスカトゥーン、次にレジャイナ、プリンス・アルバート、ムース・ジョー、と続きます。
地図を見ればわかるように、サスカチェワン州は四角形をしており、カナダの中で唯一、州境や国境が川や海・山などの地形と一致しない州となっています。何を基準に線引きが行われたのか、少し興味が湧くところですね。それにしても、広大な土地で、何の変化もないところで、ここから一歩先が、アルバータ州であるとかマニトバ州とか、あるいはアメリカになる、などという状況を想像すると少し不思議な感覚になります。
また、北緯58度を超えるところにある砂丘としては、世界最大のアサバスカ湖砂丘もあり、少し南方にも300平方キロを超える大砂丘(The Great Sand Hills)があります。海はないといっても、その流れる川は北東にあるハドソン湾や、はるか南方のメキシコ湾に注いでいます。地理的なスケールは日本人の感覚ではついていけないかもしれません。
気候は、その大きさのため、温帯大陸気候からステップ気候まであり、夏は暑く、冬は寒い、そして降水量の少ない(年間460ミリ: 12月の東京に降る程度)ところです。
サスカチェワンは、農業のイメージが強く、実際にもカナダの小麦生産量の45%を占めており、他の州の人には「田舎」というイメージをもたれているようです。
実際には、金融や教育などが産業のGDP比率では一番高いのですが、天然ガス・石油の産出量が高く、ウランやカリウムでは世界最大の産出地となっているところから、第2次産業のない経済を形成しているようです。
2008年4月18日現在、直輸入英会話 World Communities Club での、サスカチェワン州からの先生は、ミーガン先生です。
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